はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

ヒナ田舎へ行く ブログトップ
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ヒナ田舎へ行く 50 [ヒナ田舎へ行く]

金と黒。どちらでもなかった。

いつだって勝つのは栗色の髪の少年と決まっている。

着替え途中のヒナが広間での騒ぎを聞きつけやって来たのだ。ズボンはまともに穿いているが、シャツの裾がだらしなくはためいている。

「ウィンターさんはどこ?」ヒナは黄色い声を発し、恋しいジャスティンを探した。

「ウォーターズです」と訪問者がさらりと訂正する。

ウォーターズ!?

驚いたのはブルーノ。そしてダン。ヒナはどちらでもいいとばかりにウィンターズ改め、ウォーターズさんの使いに詰め寄る。

「ヒナ、ウォーターさんに会いたいな。え、いないの?お兄さん伝言頼める?」うきうき。がっくり。でも立ち直って、ジャスティンとヒナとを繋ぐ唯一の人物ににじり寄った。

「ヒナ?」どうやらウォーターズさんの使いは、重要人物に気付いたようだ。すぐに気付かなかったのは、間近で見たのが初めてだったから。「わたくしはロシター。アダム・ロシターと言います。旦那様への御伝言?もちろん承ります」

「アダム?アダムス先生のこと知ってる?」

アダムとアダムス。どこか似ているので仲間だと勘違いしたようだ。

「いいえ」ロシターは嘘を吐いた。ヒナの家庭教師のことはもちろん承知している。

「伝言とか、そんなものはいいですから――」ブルーノが割って入る。

「ああ~ブルゥ。邪魔しないで」めずらしくヒナはムッとしたようだ。ぷりぷりと言う。「じゃあ、ロシタ言うね。ヒナはこれから、あっちのほう――」ここでヒナは身体をねじって屋敷の南側のほうを指差した。「――にお出掛けするから、ウォーターさんにパンのお礼が言いたいです」

「午後のお出掛けは中止になりました」自由過ぎるヒナにブルーノが一言。

ヒナは言葉を失った。持って行き場のない高揚感だけが辺りに漂う。

「ダンのせいです」ブルーノは責任を転嫁した。

ダンは後ろのほうで蒼ざめた。

「では、お礼はアフタヌーンティーで、ということでいかがでしょうか?」ロシターが気を利かせる。ある意味では作戦通りだ。

「そうします!」ヒナが宣言する。

「ではそのように」ブルーノは渋々応じた。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 51 [ヒナ田舎へ行く]

「お前は馬鹿か?一度ならず二度までも。ダンの問題も片づいていないというのに……お茶だと?俺たちはただの管理人で、給仕係じゃないんだぞ。ったく」スペンサーは弟の無能ぶりを嘆いた。

ただの管理人のくせに我が物顔で主人の書き物机を占領しているのにはあえて触れまいと、ブルーノは無言を貫いた。

スペンサーの言い分が一〇〇%正しいからではなく、言い訳が嫌いだからだ。もちろんまったくしないわけではないが。

「そもそも、ウィンターズの使用人がずうずうしく玄関を急襲したからこうなったんだろう」とスペンサー。

通常なら、使用人は専用の出入り口を使う。ロシターがわざわざ玄関から来たのにはそれなりの理由があるのだろうが、その理由とやらは見当もつかなかった。

「ウォーターズだそうだ」ブルーノはロシターと同じく訂正した。

「ウォ……どっちでもいい。とにかく、使用人がああだということは、主人はもっとずうずうしい奴に決まっている。で、手土産は何だったんだ?茶菓子になりそうなものはあったのか?」

まるでヒナが大人になったような言い草だ。

「チョコレートにビスケット、フルーツケーキにナッツケーキ。はちみつやなんかも入っていた」

「おいおい。何人来るんだ?そのウォーターズとかいう奴だけだろうな」

「おそらくは。もしかするとロシターも一緒かもしれないが。なんにせよ、ヒナがお隣にえらく興味を示している。パンの礼を言うとか、ずいぶん張り切って――」

「礼どころか、これだけ貢がれりゃあっちへ行くとか言い出し兼ねないな」

「お出掛けは中止だと言ったときのヒナの顔を見せてやりたかったよ」ブルーノはくすりと笑った。らしからぬ笑いだったが、それほどヒナの間の抜けた顔が滑稽だったのだ。

「馬にも乗れないくせに」スペンサーの口調は辛辣だったが、口元は綻んでいた。

「しかも従者は荷台から転げ落ちるときた」ブルーノは堪えきれず吹き出した。「ヒナはせめても自転車の荷台から落ちる事はなかった」

「まったく。これだから都会もんは」スペンサーはぼやいた。

「隣人については念の為報告しておいたらどうだ?」ブルーノは一転、真面目口調で言った。

「ああ、そうするつもりだ。そうしておかなきゃならんだろう?」スペンサーはぐったりと椅子の背にもたれ、次々と起こる問題への対処に頭を抱えた。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 52 [ヒナ田舎へ行く]

ブルーノには地下の執務室。スペンサーには不在の主人の書斎。

それぞれ、自室とは別に居場所を確保している。

カイルにはそれがない。みんなの集う居間か、強いて言うなら厩だ。動物たちの世話はカイルの仕事だ。一番の仲良しは、荷物運び専用のピクルス。脚の短い力持ちのおじいちゃん馬だ。調教中の仔馬のジンジャーに、兄たちが憂さ晴らしの為に乗る足の早いフロックコート。洒落た名前らしいけど、呼びにくいのでフロッキーと呼んでいる。

それから、人を見たら襲いかからずにはいられない凶暴なニワトリの軍団もいる。ネコもいたが、特別世話はしていない。ネコってやつは、いつだって勝手にひとんちの敷地をうろつくものだ。

そういえば、ヒナがネコがどうとか言っていたな。あとであいつらを見せてやろう。

カイルはスペンサーにダンを呼んでくるようにと言われたことを思い出し、さらにはブルーノに図書室の本の並びがぐちゃぐちゃなのを直しておくように言われていたのも思い出した。

やれやれ。まずはダンだ。スペンサーはひどく急いでいたし、本の並び替えは面倒だからあとまわしだ。

あてもなく屋敷の中をうろついていたカイルは、あくびをしながらのそりのそりと階段を上がった。そろそろブルーノが手すりを磨けという頃だ。お屋敷に人がいれば、本当は毎日しないといけないとか。そんなのうんざり。ところどころ絨毯がめくれていた。覚えておいてあとで直さなきゃ。もちろん直すのは僕じゃないけど。

うっかり部屋を間違えそうになりながら、カイルはやっとダンの部屋のドアをノックするまでに至った。

隣のヒナの部屋から返事があった。

ダンとヒナはほんと仲良しだな。主従関係というより、友達みたいだ。いいな。

ヒナの部屋へ入ると、ダンはいたけど、裸で部屋をうろつくヒナもいた。

どうして裸なのか気にはなるけど、別に一度は見たわけだし、いまさら照れるでもない。

それでもカイルはヒナの裸からそれとなく目を逸らし、ダンにスペンサーが呼んでいることを伝えた。

それを聞いたダンは、吐きそうな顔をした。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 53 [ヒナ田舎へ行く]

「あぁ、うん……ヒナを着替えさせたらすぐに行くと伝えて」ダンは気乗りしない様子で答えた。

「僕がやっておこうか?」ダンがあまりに哀れっぽい顔をするので、カイルはせめて手伝いくらいはとヒナの世話を申し出た。

「いや、ヒナがうんとおしゃれするって言っているから、僕がやらなきゃ」ダンは首を振った。なんとも切なげだ。

「お隣さんが来るから?」カイルはベッドの上に並べられたヒナの数々の衣装に目を奪われた。ヒナはいいなぁと羨望の眼差し。

それに気付いたのはヒナ。裸でぷらぷらカイルに近づきながら、「カイルも着替える?」と訊ねる。

ダンはヒナの提案に即座に飛びついた。二人を着替えさせるとなれば、それだけ猶予が出来るというもの。追い出されるのか、庭師になるのかは未定だけれど、ダンとしてはどちらも避けたいところ。

「え!いいの?」と、まんざらでもない様子のカイル。ウォーターズさんとのお茶会に参加できるのかは微妙なところだけれど。

「確かカイルに合うのもあったはず」ダンはヒナよりも少し背の高いカイルの為に、適当な衣装を見繕う。「ほら、これなんてどう?」張りのあるシャツと涼やかな水色の膝丈ズボン。

「ヒナはこれがいいと思うけど」ヒナは濃い灰色と薄い灰色の縞々ベストを手に取った。裸の胸に当て、それからカイルに差し出す。

「僕そんなの着たことないや」カイルは照れながら言い、ヒナからベストを受け取った。鏡の前にサッと走り、ヒナみたいに胸に当ててみた。縞模様もなかなか似合うなと、にんまり。

「ヒナはこれを着ようと思うんだ」ヒナはモスグリーンの膝丈ズボンと、同じような色のチェックのベストを順に指差した。

「それいいと思うな」とカイル。とにかくヒナは何か着るべきだと早口で言う。

「じゃあ、ヒナこれにする!」

「では、ひとまず下穿きを穿いてください」はしゃぐヒナにダンが冷静に言う。

ヒナは「はぁ~い」と間の抜けた返事をしながら、とっておきの下穿きに脚を通した。それからダンにされるがまま、シャツを着て、ズボンを穿き、ベストを着てひとまず完成。首元を飾るのは後回しだ。

カイルも同じように変身すると――ベストはヒナ推薦の縞々ではなく、クリーム色で落ち着いた――、二人並んで最後の仕上げ。ヒナには薄い緑色、カイルにはズボンよりも少しだけ濃い水色のクラヴァット。

二人は苦行にも難なく耐え、ウォーターズさん到着まで、あと一時間となった。

ごきげんの子供たちを残して、ダンは嫌々ながらも審判の待つ書斎へと出頭した。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 54 [ヒナ田舎へ行く]

靴下と靴はそれぞれ用意して出た。あとはヒナとカイルとで履かせあいこでもしてもらおう。問題はヒナの頭だけど、あれはスペンサーとの話が終わってからにするつもりだ。だから手っ取り早く話を終わらせなければ。

ダンは一度深呼吸をして、書斎へ入った。

スペンサーはいなかった。なので、居間へ向かった。

いた。

「ずいぶん遅かったな。カイルをやってから軽く一時間は経ったぞ」スペンサーは目の端にダンを捉えるや否やカリカリと言った。とは言え、見る限り待つのはあまり苦痛としていないようだ。

「すみません。ヒナが着替え中で」

どうやらこの一言で足りたようだ。スペンサーは問題児を抱えた校長先生のように顔をしかめた。やっと僕の気持ちが理解されたようだ。

「ああ、ヒナか。まあいい、ひとまずどこでも好きなところに座ってくれ」

どこでも好きなところと言われても、話が出来ないほど遠くに腰を下ろす訳にもいかない。正面は嫌だし、横並びもどこか変だ。できれば出入り口――むしろ脱出口と言ってしまった方が潔い――に近い場所に、腰を下ろしたいのだが、なにせスペンサーはドアにほとんど背を向け窓に向いているので、それは不可能。

となると、多くある椅子やソファの中から自分が座れるのは、やや窓寄りのあの固くて座り心地の悪そうな椅子しかない。

あまり下手に出てはと、そこはかとなく威厳を保って奥へ進むと、目当ての椅子の前でスペンサーを一瞥し、すぐに立ち上がれるように、お尻の端っこを引っかけるようにして腰を下ろした。

スペンサーは無頓着にダンを見返し、話し始める人特有の咳払いをひとつした。

「面倒がもうひとつ増えたのは承知しているな」

スペンサーは訊ねると言うよりも確認のためだけに口にしたようだ。もちろん、ひとつめの面倒はこの僕のことだ。

ダンは神妙に頷いた。スペンサーが言葉を続ける。

「隣人がもうあと――」わざとらしく時計を見る。「いくらもしないうちにやってくる。おかげで今日の予定は丸潰れだ」スペンサーは非難がましい目でダンを見た。

僕のせいじゃないですっ!ダンは胸の内で叫んだ。

「そこでだ、ダンに給仕を任せたい。そういうのは得意なんだろう?ついでにヒナをおとなしくさせておいて欲しい。これ以上の面倒はごめんだからな」

スペンサーのこの申し出は渡りに船だった。庭師になることを思えば(服装のみだが)、給仕など容易いこと。それに旦那様と再会したヒナがどういった行動に出るか想像できるだけに、見張っておきたかったのだ。どうせお茶会には呼ばれないと思ったから。

うーむ。すぐにいい返事をしては、相手に有利にことが運ぶだけだ。でも変に渋って取り消されても困るし……。

タイミングを見計らっているダンに、スペンサーがなおも言う。

「ブルーノが自分の城を空けたくないと言っている。ロシターとやらにあれこれ引っかき回されるのを心配しているんだろう。茶を淹れるくらい仲良くやりゃいいと思うが、こっちとしても余所もんに大きな顔をされたくはないからな」ちらりとダンを見る。「どうだ?庭師よりかはいいだろう?」ニイッと笑い、今度は上から下までじっくりと眺めおろした。

どうやらダンの急所を心得ているようだ。

「今後も庭師にならなくてよいならお受けします」

足元を見られているからといって、無条件というわけにはいかない。おそらくこの会見が僕がここに残れるか否かの瀬戸際だろうから。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 55 [ヒナ田舎へ行く]

スペンサーはダンの引きつる左頬を食い入るように見つめながら、屋敷の管理人の権限――そんなものはないのだが――でもって断言した。

「いいだろう。ヒナの近侍としての滞在を許す。それからここでの仕事も手伝ってもらうことになる」

兄弟でヒナの世話をしようと思ったら、これまでしていた仕事が出来ないおそれがある。とにかく、ヒナはいちいち手が掛かる。特別わがままというわけでもないのだが、どうしてだかひと手間もふた手間も。

「ありがとうございます。もちろん滞在中は出来る限りお手伝いさせていただきます」

安堵の溜息と共に素直な返事が返ってきた。うむ。よろしい。

「それと、ロンドンのお屋敷のような暮らしが出来ないことは、ダンにもヒナにも承知してもらう必要がある。今朝は隣から差し入れでヒナが満足する朝食となったが、明日からはそうはいかない。それでも日曜を除く毎朝、焼きたてのパンは食べられる」

いかに食費を削らなければならないかをいちいち説明する羽目になるとは……。スペンサーは情けなさに溜息を吐いた。それもこれも、伯爵がヒナにかかる費用をケチったためだ。こんな面倒を押し付けておいて、特別手当も出さない気だろうか?だとしたら、ダンを勝手に滞在させたとて(一人分食費は余計にかかるが)文句を言われる筋合いはない。ロス家が屋敷も含めこの地を管理しなければ伯爵だって困るのだから。

「それから、もう聞いたかも知れないが、入浴も下で、決められた時間にしてもらう。部屋まで湯を持ってあがるのは非効率だし、そこまで手を回せない」

「承知しました。他にもなにかあるようでしたら、その都度お願いします。ただ……ヒナが反発するおそれもありますが」

おおむね面倒だが害のなさそうなヒナが反抗する姿は想像できなさそうだが、スペンサーには容易に想像できた。あれはあれでかなり我が強い。

「では、それはその都度対処しよう。こっちも与えられた仕事をこなさなきゃならんからな」

「土地を見て回ること以外に何かあるのですか?」

「まあ、いろいろとな」スペンサーは返事をぼかした。「それはそうと、その顔、もうちょっといいふうに出来なかったのか?ちょっと擦りむいただけなのに、ひどく大袈裟なことになったな。まあ客が驚いてさっさと退散してくれりゃいいが」

「それが狙いだったようですね」ダンはいじけたように言い、スペンサーをじろりと睨んだ。

スペンサーは余裕の笑みで応じた。すねたダンはまるっきし子供だ。ブルーノがついかまってやりたくなるような危うさを持った。だからまずいと言ったんだ。さっさと追い出さないと、トビーのように――

いやいや。スペンサーは小さく首を振った。

「では、時間になったらブルーノの指示に従うように。給仕のタイミングはカイルが伝えるだろう」そう言って、素っ気なくダンに退出を促した。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 56 [ヒナ田舎へ行く]

「ヒナ、やったよっ!」

ダンはヒナの近侍の職を死守した喜びいっぱい、常日頃心がけている上級使用人としての作法をうっかり失念したまま部屋へ飛び込んだ。

ヒナはダンの使用人らしからぬ登場の仕方にけちをつけるでもなく「わーい!」とはしゃぎ声をあげた。両手をあげて椅子からポンッと降りる。

「え、え?なにをやったの?」状況が呑み込めないカイルが、椅子に座ったまま訊ねる。

「知らない」とヒナ。あっさり着席する。

つれないヒナにも慣れっこなダンは、二人がおとなしく座るひだまりへと進んだ。

窓辺に椅子を並べて何をしていたのやら。

「スペンサーから許しをもらったんだ。ヒナと一緒にここに滞在してもいいって。しかもこの格好のままでいいってさ!」

「ほんと?よかったね」案外冷静なヒナ。ダンが追い出されるとは微塵も思っていなかったようだ。

「じゃあトビーの服はもういらないね」とカイル。あとで片付けておかなくちゃと頭の片隅に書き留める。

「トビー?」あたらしモノ好きのヒナが『トビー』に食いついた。よく見ると靴はまだ履いていない。

ダンは靴を探して顔を巡らせた。ベッドの足元に二人分並んだままになっている。

「前にうちにいた人。恰好は違うけど、ダンにちょっと似てる。だからかな……スペンサーが許したのって」

それは初耳だ。兄二人が気に入っていた庭師の(見習いかもしれないが)トビーが僕と似ているなんて。ダンは靴を手に二人の間に割って入った。

なら、どうして、僕はあの二人に嫌われてしまったのだろうか?似ているならちょっとくらい親近感を持って優しく接してくれてもいいではないか。まったく腹の立つ。

「トビーは何してたひと?」ヒナが訊く。

「いろいろ。スペンサーのおつかいやったり、ブルーノとじゃがいも剥いたり。ヘクターじいさんが来たときは土いじったり」

「ヘクターじいさん?ぽっくりのひと?」

「そうだよ」

「それでトビーはいなくなっちゃったんだ」

「たぶん違う」

「そうなの――」

二人に靴を履かせる間ずっと、他愛もない会話は続いた。

トビーにヘクターじいさん、彼らがいたころのラドフォード館はどんなふうだったのだろうと、ダンは好奇心に胸を疼かせた。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 57 [ヒナ田舎へ行く]

ジャスティン・バーンズはお金持ちの隣人ウォーターズさんとして、ラドフォード館を訪問する。

お金持ちらしく、正門から高価な軽装馬車で優雅に登場するつもりだ。ロシターの報告によれば、ロスの次男ブルーノは鼻持ちならない傲慢な男だとか。ならばこちらも同じような傲慢さで対するまで。たかが屋敷を管理しているだけの男が偉そうに。

しかもヒナに『ブルゥ』と呼ばれていたとか?ロシターも余計な報告をしてくれたものだ。おかげでくだらない嫉妬をする羽目になった。ヒナがウォーターさんに会いたいと言ってくれていなければ、すぐにでも隣に乗り込んでいたところだ。

わたくしのことは『ロシタ』とお呼びになりましたと、ロシターがさらに余計なことを言うものだから、胸の辺りがチクチク痛んだほどだ。

「旦那様、バスケットの用意ができました。なんだかピクニックに行くみたいですね」

ウェインがヒナへの贈り物の詰まったバスケットを両手にやって来た。間の抜けた感じが落ち着く。ロシターを含め、パーシヴァルの使用人どもはやけに堅苦しい。おそらくはジェームズが集めてきたからだろう。あれは、パーシヴァルが全く興味を持たない部類の男どもをわざと選んだに違いない。ったく。諦めの悪い男だ。屈すれば楽になるというのに。

「次はいつ行けるかわからないからな。ヒナが腹を空かせていたらことだろう?」

なにせ伯爵の目的はヒナに不自由を強い、徹底的に弱らせ、存在そのものをなかったことにしようというもの。本人は認めないだろうが――あからさまなヒナへの攻撃は、二人の公爵が黙っていないからだ――やり口はすべてお見通しだ。

「ええ、もちろんです。特に甘いものが不足したときのヒナは凶暴になりますからね。ではそろそろ出発しましょう」

意気揚々と玄関を出ようとするウェインにジャスティンが一言。

「お前は留守番だ」誰が連れていくと言った?

きょとんとするウェイン。僕がお供しなければいったい誰がと問い掛けるふうだ。

「心配するな。ロシターを先にやってる」

ジャスティンは狭い玄関で帽子をかぶり、手袋をはめると、ダンからバスケットを奪い取った。

まったく。主人に荷物を運ばせるとは、使えない下僕だ。

つづく


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あとがき
こんばんは、やぴです。
久しぶりのジャスティン。ヒナに一日会えなかっただけで傷心?
ちなみにパーシーとジェームズが結ばれたことはまだ知らないのですよ。

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ヒナ田舎へ行く 58 [ヒナ田舎へ行く]

信じられない!僕だって、ヒナやダンに会いたいのに。

ロシター?あいつがなんだって?使用人頭でもない、ただの使いっぱしりのくせに。

とはいっても、やはりジェームズが見繕ってきた使用人だ。ここには五人ほど派遣されたが、地位と実力が見合っていないのはロシターだけのように思う。いや、待てよ。僕を差し置いてヒナに会いに行けたということは、旦那様はロシターを高く評価しているということなのか?

くそうっ。

ウェインは舗装された道を颯爽と去っていく主人を恨めしげに見送ると、未だ馴染めずにいる旧ダヴェンポート邸に戻った。

新しい名はまだないが、旦那様はウォーターズと名乗ることにしたので、そのままウォーターズ邸と呼ばれることになるだろう。屋敷の裏手に小川が流れていたからに過ぎないが、まあまあの命名だと思う。

ウォーターズ邸は地上二階建て、煉瓦とスレート葺きの田舎屋敷だ。地下はなく、増築を何度かしているようで、少々いびつな形をしている。

玄関が狭いことと天井が低いことを除けば、なかなか居心地のいい屋敷ではあるのだが、よく知りもしない奴らに乗っ取られている気分で、気持ちよく働けるようになるにはまだちょっとかかるだろう。

ウェインはキッチンに顔を出して、シェフに、旦那様はご満足の様子でしたと報告して、二階の自分にあてがわれた部屋へ戻った。

こうなったら、勝手にラドフォード館を訪問してやるんだ。勝手口から、それとなく関係者を装って侵入すればいいだけのこと。ロシターがとやかく言おうが、ロス兄弟に拒絶されようが、旦那様の訪問に付き添うのが近侍の役目だと慇懃に開き直る。

となると急いで支度をして、旦那様の先を行かなければ。近道をすれば十分間に合うだろう。

ウェインはダンとは違いお洒落より実用を主としているので、黒っぽい上下に底のしっかりしたブーツで間もなくウォーターズ邸を後にした。

早歩きで一〇分ほど。

比較的平坦で歩きやすい道のりだった。雨が降ると地面がかなりぬかるみそうではあるが、空を見る限り、その心配はなさそうだ。

ラドフォード館はウォーターズ邸の倍の大きさはあった。造りも重厚で、どこか古めかしく歴史の古さを感じさせた。庭はきちんと整備されていて、片隅には菜園や果樹園もあった。これでヒナが食べ物に困る事はないだろうと、ウェインはひと安心をしながら、裏木戸を開けた。

戸は、ギッと短く音を立てた。

階段を数段降り、薄暗い廊下を進む。こんがりバターのいい香りが漂う。ずっしりとしたケーキか、スコーンか。焼き立てにありつけたらどんなにいいか。ウォーターズ邸のシェフは妙に縄張り意識が強く、物欲しそうに顔を覗かせても、シモンのようにちょっとしたお裾分けをしようなんて思わないらしい。用がなければ近づいてはならないとばかりに、シッシと追い払われてしまう。たった一日で、それを何度体験したことか。

「お、お兄さん誰?」

警戒するような声が背後から降り注いだ。

しまった。もう見つかってしまった。できればロシターと合流してからにして欲しかった。

ウェインはとっておきの愛想のいい顔と、高貴な身分の主人に仕える使用人の尊大な態度のどちらを見せつけるべきか迷いながらゆっくりと振り返った。

つづく


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ヒナ田舎へ行く 59 [ヒナ田舎へ行く]

「ヒ、ヒ――」

「しぃっ」ヒナは人さし指をぷっくりとした唇に押し当て、侵入者を黙らせた。

これといった特徴のない口がきゅっと閉じられ、琥珀色の瞳が大きく見開かれた。

「ジュスは?」ヒナはひそひそ声で尋ねた。

平凡な男ウェインは「そろそろ到着されるはずです」と囁くようにして答えた。

「ロシタはもうキッチンにいるよ。ウェインちこく?」

「遅刻ではありません。置いてけぼりです」

ヒナは同情をこめて唇をすぼめた。どうりでこそこそしていると思った。

「ブルゥに見つかったら怒られちゃうね」

現在キッチンではロシターとブルーノによるバトルが繰り広げられている。いい匂いにつられてキッチンまでやって来たものの、恐れをなして退散するところだったのだ。

「そんなに恐いの、ブルーノってのは」ウェインが半信半疑で尋ねる。

恐いかどうかは人それぞれ。「ダンはけがした」

「怪我!?暴力的なの?」ウェインは青くなった。

「いっぱい泣いてたからそうかも」ヒナは適当に答えた。

「ダンが泣いてた?なんてことだ……ああ、僕帰ろうかなぁ」ウェインはヒナの頭越しに出口を見やった。そわそわと上着の裾を引っ張る。

「ヒナ!ウォーターズさんの馬車がやって来るよ。あ、あれ?誰その人」

カイルが廊下の反対側から姿を見せた。修羅場のキッチンは無事通過したようだ。

「知らない人」ヒナは咄嗟に言った。それから少し考えて付け足す。「ロシタの仲間」

「へぇ、じゃあウォーターズさんの?」カイルはウェインを値踏みするようにじろじろと見ると、内緒話でもするように声をひそめた。「ねえ、ウォーターズさんてお金持ち?ヒナから貰った公爵のチョコレートがお土産に入ってたんだ。もしかして知り合いだったりする?」

子供らしい問い掛けに、ウェインは思わずにこりとした。笑うと平凡さが少し薄れる。「初めまして。ウォーターズ様に仕える、ウェインと言います。もちろんお金持ちですよ。公爵とは知り合いではないですが」

ヒナはそれを聞いてニヒヒと笑った。

ウェインの嘘つき。

「あ、初めまして。僕はカイルって言います。今日はヒナの服を借りてお洒落したんだ」カイルは照れくさそうに言い、相手に自分の姿をよく見てもらおうと姿勢を正した。

「とても素敵ですよ。ところで、お茶会には皆さん参加するのですか?」ウェインが訊ね、ヒナがこっそり手をあげる。

「たぶん、ブルーノは参加しないと思う。ダンはお茶を出す人。ロシターはそのお手伝い。ウェインさんは何をするんですか?」

「そうだなぁ、僕もダンを手伝おうかなぁ」

「ロシターじゃなくて?」カイルは眉を顰めた。

「え、ああ、そうだね。もちろんロシターも手伝うさ。けど、彼はあまり歓迎されてないようだから、どうかなって思ってね」

「いま、ブルーノとやり合ってるよ。あの二人、おっかないとこがそっくり」

カイルの言葉に、図らずもヒナもウェインも頷いた。

つづく


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